2010年05月11日

初日から鴨鍋

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伊吹おろしの吹きすさぶ事務所で川石さんから岐阜での生活の説明を受けた。
「国道に出るときはな、あっこの町とあっこの町は通ったらあかんでい、犬一匹でも轢いてみい、いくらぼったくられるか分かれへんでい、おみゃあさん東京モンはよう知らんと思うけど、ここはな、関ヶ原合戦跡の地なんでいろんなのがおるでい」

さてと、いよいよ仕事をするか、東京と茨城での経験をみせてやるぞ!
すると、無精ひげのおっさんが事務所にやって来た。
二羽の鴨(まだ生きてる)を持って入ってきた。

川石「おう、川瀬さん、どえりゃうまそうだぎゃ、よっしゃ、今日は鍋でもやろまい!」
川瀬「鴨鍋用のスープもつくてきたった」そういうとペットボトルにはいった茶色と黄土色のエマルジョンな液体をおもむろにカバンからとり出した。

川石「おう、川瀬さん、紹介するで。彼はさわっちゃんっていって、東京から来たアトラスの社員やで。仲ようしたってくれやなまあ。」

川瀬さんは笑ってるのか睨んでるのか分からない表情でじ〜〜っと
私を見てひとこと。
川瀬「鶏の首食ったことあるか?」
さわ「いや、ありません」
川瀬「てっ! 今度食わしたる。わしとつきあえるようなったら一人前やでい」
さあ「よろしくお願いします」 

そして川石さんは、彼の舎弟である大将石材の毛利さん(当時27)、ワンダフル石材のワンダー常務(当時30)、ブローカー台湾華僑リッチュウ(当時34)、サンケイ大理石のテッチャン(当時34)に連絡し集合をかける。

川石「おう、さわっちゃん、買い物に行こまいっ!」

なんだか、岐阜って不思議なところだ。
岐阜の田舎モンを名古屋人が仕切っているという構図なのか。
なんだか分からないが、こんなところで私は生きていけるのだろうか?
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登場人物
川石さん:アトラス岐阜の営業マン。名古屋の港町で育った。
もともと愛光海運の社員だったが5年前からアトラスに入社した。なによりも海釣りが趣味の海男。子供のころから親分肌だったらしく仕切るのが好きだ。

川瀬さん:「通ってはいけない町」の出身の方。一ヶ月に一回は鴨を持ってやってくる。



posted by さわ at 12:44| Comment(0) | お仕事物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日

ザリガニ獲り

茨城県までなら東京人である私は同じ関東地方なので違和感無く接することができた。
しかし名古屋とか岐阜は私にとって異国である。
アルザスロレーヌ地方を越えてフランスに入り込んだドイツ人状態だ(例えの方が分かりにくいパターン)。

工場の近くに川があり、そこにザリガニがいた。
それを川石さんが「これ獲って揚げて食おうか」といった。
私はそんなもの食べられるのかと思い、
「でもこれって土臭くって食べられないんじゃないの?」と言ったら、
「おお、おみゃ〜さん東京の人間は言葉がどえりゃ〜きれいやないか〜」
「じゃあ、こっちではなんていうの?」
「名古屋弁で言ったら、泥くせゃ〜で、食え〜へんがや
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お恥ずかしながらこの当時私は関西弁と中部弁の区別がつかなかった。
要は関西弁や中部弁話者と接触したことがなかったのだ。
しかし、ここで1ヶ月ほど生活し、関西弁、中部弁の区別はもちろん、
中部弁でも名古屋弁と岐阜弁の区別すら聞き分けられるようになった。
そして、最後にはかなり大垣の方言を話すことすらできた。
ちなみに現在大垣弁は全くといっていいほど忘れている。




posted by さわ at 12:07| Comment(2) | お仕事物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

岐阜の生活スタート

岐阜県の大垣と言ったが、東海道本線の大垣駅と関ヶ原駅の間にある、垂井駅が近かった。任務地は厳密に言えば大垣ではなく岐阜県養老郡養老町ということになる。
垂井は豊臣秀吉の軍師となった竹中半兵衛の生まれ故郷と自慢された。
「ほう、それはすごい!」とは言ってみたものの、私とはなんの係わり合いも無いことだ。
私は≪アトラス岐阜工場≫と呼ばれる8000M2の敷地内(すでに生産停止状態)に生活することになった。
私に与えられた住居は工場敷地内にあるオフィスビル2階の寮である。
寮といっても、かつては120名ほどの人数を収容できるほどのスペースだ。寝泊りする部屋は6畳と4畳半、バストイレ、キッチン、エアコン、テレビ、ビデオデッキ、電話なども付いているご立派な部屋を提供された。もと幹部が出張の際利用したというVIPルームだ。
実に快適な職場だった。

問題は、車である。
東京から乗ってきたあの古い型のクラウンではどうも上手く運転できない。運転中はなにかフワフワと雲にでも乗っているかのようで、カーブするときに遠心力で飛び出ていきそうになる。
やはり私が乗りなれた小型戦闘機トヨタコロナじゃないと小回りがきかねえ。それで上司の川石さんに言って、車をリースしてもらった。
260px-T190_Toyota_Corona.jpg

1997年6月
posted by さわ at 12:43| Comment(0) | お仕事物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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