2010年05月02日

いよいよ岐阜デビュー

神奈川川崎埠頭、茨城鹿島埠頭、茨城真壁在庫置き場の原石材料をほぼ完売し、新たにインドや中国から原石を仕入れ販売することになった。

これにて茨城真壁での長期出張はしなくてよくなり、東京本社で貿易の仕事をすることになった。

仕入れに関しては全て上司の山猿部長が仕切っていた。
それは別に良いのだが、私の仕事は単なる彼のアシスタント。
ある日、二日酔いの山猿部長は輸入書類の送付が遅いと私を叱責した。
私はそれは女子事務員が忘れていたことで、私が叱責されることはないと反発。それに対しまるで油に火を注いでしまったようで、私を激怒した。

これには耐え切れず、すぐさま岡村専務に直訴!
「あんなノンキな山猿の下で働くのはまっぴらごめんだ、退社させていただきます」
と、就職先も決めていないのに退社表明をした。

岡村専務は私を辞めさせてくれなかった。
彼の出した提案は、岐阜県大垣にある支店に行って、建築材在庫の販売を手伝うよう命じた。

東京の実家からかなり離れた場所での赴任は相当な手当てがつく。
これに私は乗った。
1997年6月
私は岐阜に行くことになった。

しかし新幹線でも飛行機でもなく、東京で余っている車(古いタイプのクラウン)で東京から大垣まで一人で運転して行く羽目になった。
一日走行距離の最高が100キロまでと決めていた私にとっては死のロードだ。
パリ=ダカールレースのようだ。

案の定道、高速で道に迷った。高速なのになぜ?
とにかく東京育ちで中部日本なんかに足を踏み入れたことも無い私は、訳も分からず東名高速をひた走る。
「東名(トウメイ)」という名の高速を走ればそのうち大垣につくのかと思ってずっと「東名」という文字をあてにして走ったがため、三重県の方に向かっていた。
そう、 「東名阪高速」を走っていたのだ。
正しくは「名神高速」を走らなければならない。
「東(←ひがし)名阪高速」「東」「東京」の略ではないんだね、これが。
名古屋を越えたのだから、 「東京」はもはや関係ない。
あわや三重の桑名というところで、おかしいと気がついた。

とにかく降りて、地元の川石さんに迎えに来てもらった。
いや〜、見知らぬ土地はややこしいのお。

しかし、この岐阜の大垣が日本の最後の勤務地となるのであった。


posted by さわ at 01:13| Comment(2) | お仕事物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

別かれ道

「さわさん、彼女いますか?」
この雰囲気からいって、絶対にこれは、そろそろ付き合わない? というシグナルだ。間違えなかった、私の電話一本で、辞めた会社にまた戻ってくるのだから。そして彼女は確かに可愛かった。はっきり言うと今の奥さんルインより上だ、お互い酒もいい塩梅にまわってきて、だからこそ彼女はこう切り出してきたのだ。
やえもすると彼女はこの日の朝、パンテーを選ぶのに1時間くらいかけたかもしれない。
すかす!
なにをどうしちゃったのか、惜しげもなく断るのだった。
まるでそれは江戸に行くために加尾の求愛を断る坂本龍馬のようだった。
彼女はいないけど、今は将来の夢の為に女性と付き合う気にはなれない的な発言をしてしまっつぁ。
一瞬しょぼんとなる、でも、その場合の台詞も考えていたらしく、再びたあいもない楽しい会話となった。
もし、この時、オーケーしていたら・・・・
サッカークラブインテルシャーメンも、ピンドルのヒーロー、イヂローも、アモイで知り合った愉快な仲間達とも全く無関係の世界に生きていた。
せいぜい繋がりがあるとすればアモイドンとトモさんくらいだろう。いや、もし業界を違えてたら、アモイドンやトモさんは愚か、今となっては浅田真央とフィギュアスケートくらい切っても切り離せないくらいの関係である私とアモイの関係自体存在しなかったかもしれない。
この日、私は彼女とカラオケボックスに行き、歌い捲くった。
彼女は最後にカーペンターズのトップオブザワールドを歌ったのが印象的だった。
その数ヵ月後彼女は彼氏が出来たと言って私に写真を見せてくれた。
やけに日焼けの似合う男性が彼女の隣に映っていた。
「彼ね、ナイジェリアからきたボブっていうんだ」
彼女はそれから1年後に出産ということで会社を辞めたが、それでもずっと連絡はとり続けた。

それから3年後、私はルインと結婚した。西野さんはどうしてもルインに会いたいというではないか。それで、ルインを日本に連れて行ったとき、西野さんとボブとそしてその間に生まれた女の子が住む家に遊びに行った。
「さわさんの趣味って、こういう人だったんだ」なんていって笑っていた。

帰り、駅まで送ってくれた。
乳母車をひきながら、彼女は最後に一言いったよ。
「電話で私を会社に呼び戻してくれたとき、最初に母が出たじゃないですか、あの時から母ったら、てっきりさわさんと結婚するもんだと思ってたんだよ、バカみたいね・・・・・、じゃあさわさん応援してるから、中国で頑張ってね」
241306_c450.jpg
私とルインは彼女に見送られながら高円寺の駅をあとにした。
以来、彼女からは一度も連絡もないし、私からも連絡をとっていない。
http://v.youku.com/v_show/id_XMzU2NTM2NzI=.html


※読者の皆様、私ごときのお惚気長文ですんませ〜ん。でも私の選択、間違ってないよね? なっないよね?
posted by さわ at 00:14| Comment(3) | お仕事物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月13日

漁火

サラリーマン生活5年、老若問わず会社の女性から食事の誘いを受けたことは何度もあった。
しかし、今日の誘いは今までのとは違う、なにか妖艶なるオーラを彼女の眼差しから感じるのだった。

会社の近くの≪漁火≫という名の居酒屋に入り、席につく。二人はまぎれも無くカップルであることに改めて気づく。
ビールを飲みながら、彼女は会社に入社したときからの楽しかった思い出を語りはじめた。

その話の趣旨はやがて、さわさんには本当にお世話になったというものへと切り替わる。

まるで幾たびも練習されつくされたかのような台詞運びで、完全に彼女が話の主導権を握る。
images.jpg

「ところで、さわさんは彼女いますか?」
『水戸黄門』に例えるならば、三つ葉葵の印籠が出るくらいの確率で今夜は出されるであろうと思っていたこのお決まりパターン。
この当時、中国に置いてきたルイン以外には、仲御徒町の行きつけのチャイニーズパブ≪唐人館≫のリーちゃんくらいがターゲット。
こんな私に西野さんが立候補してくるとは・・・・・・
心の準備ができていましぇ〜ん。


posted by さわ at 14:40| Comment(2) | お仕事物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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