2010年12月08日

見えてきた

Samhan.png
地図はコリアン半島の紀元前2世紀から4世紀にかけてのもので、原三国時代といいます。
コリアの三国時代は中国の三国時代とは全く異なりますのでご注意。
但し、コリアの三国時代は中国の三国時代とは比較にならないほど日本に大いなる影響を及ぼします。いや、影響を及ぼすどころか、そのものといってもいいでしょう。

趣味で日本古代史・考古学・中国史・朝鮮史を調べていて、日本の生い立ちが見えてきた。
卑弥呼の先祖はコリアン半島南部からやって来ています。天照大神はずばりコリアン半島南部人かもしれません。もっとぶっちゃけて言うと、天皇からほとんどの日本国民すなわち大和民族は、この馬韓からやって来た人たちの末裔が、もっと早々と日本列島に生息していた、原住民たちと混血して形成された民族でしょう。

原住民というと、なにかアイヌ人とかあるいは南洋諸島系が北上した人たちの末裔とか、毛深いとか、思われますが、以外とそうでもなく、原住民自体、もちろんアイヌの先祖も含まれますが、中国の華南地方や、これまた原三国前のコリアン半島の人々や、今では南や南西に移動しちゃったけど、もとは南中国に住んでいた人々が日本列島に渡って来て、好き勝手に住んでいた人々が混血しちゃった人々ともいえます。

それじゃ、日本人ってのは、キムジョンイルとかペヨンジュンとかボアとかのコリアンとバッツリ同じかと言うと、これまたそうでもないんです。そもそもこの馬韓人は弁韓や辰韓とは別の言語を話し、ちょっと特殊だったみたいです。しかも今のコリアン人だって、このころの100パーセントの末裔とは言えませんし。

まあ、歴史だけに、長くなってしまいますが、気が向いたらまた更新します。
次回は、日本語の言語はどうやってできたのか? について説明したいと思います。
いや、ひょっとしたら、日本列島に入って来た民族の順番を説明するかもしれません。

まあ、いずれにしても、氷河期の氷河が溶けてから、氷に閉ざされていたユーラシアのアジア系DNAがたっぷり入っている子孫であることは間違いないし、ここでは政治・宗教は語りません。



posted by さわ at 00:18| Comment(0) | 古代日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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